滅亡

『終焉の香りを感じながら、私は夏の海の水面のきらめきを眺めていた・・・』

私たちはこの星で採取した個体の分析に追われていた。ほとんどの高等生命は完全死していたが、一体だけ、記憶の修復が可能と思われる個体があった。
「この個体の記憶はここで終滅しているのでしょうか?」
私のこのいい加減な質問に対してドクターは当然の回答を投げ付けた。
「そんなはずはない。
 この記憶のままで死に至るわけはないじゃないか。」
確かにそうだ。水面のきらめきを眺めていて、どういうはずみで死が訪れるのか。

 私たちは300年かけてこの星へやって来た。その目的は、母星を滅亡の危機から救うヒントを求めるためだった。その旅は何代もかけて行われた長い長い旅で、私はこの船で生まれた。船と言うよりは、スペースコロニーに近いもので、船の中には母星の環境が再現されている。そして、辿り着いたこの星の高等生命はほとんど死に絶えていたが、一体だけ記憶の痕跡が認められた。その再生の作業を今行っているのである。

「ドクター、少し休んで下さい。」
私は、ドクターを気づかっていたが、彼は何かを気にかけているようだった。
「私たちの母星に似ている・・・」
もちろん、それは私も感じていた。母星の多くの地域で発生したあの出来事に、確かに似ている・・・

 この星は私たちの母星に酷似している。恒星の第三惑星、高等生命は一種、大気の主成分N2:約80%、O2約20%、中緯度の平均気温20℃、気圧760Torr。動植物とも生命多様、文明の形跡あり。

 状況が急変したのはこの星に来て3日目のことだった。記憶の再生が成功したのだ。
「素晴らしいよ。
 死に至る感覚が再現出来た。
 しかも、映像もだ。」
ドクターは興奮してそう言った。
「ドクターは全て御覧になったのですか?」
「いや、これからだ。
 スタッフを集めてくれ。」
私はドクターの言葉通り関連部署のメンバーを集めた。生命工学主査、危機対策部門長、船長、理学博士、航行責任者、通信技術者・・・分析室の中は満員になった。

「記憶の再生は、剥脱していた神経繊維を修復することで可能になったんだ。
 今、音声に変換してみよう。」
ドクターはそう言って、変換機のスイッチを入れた。
『終焉の香りを感じながら、私は夏の海の水面のきらめきを眺めていた・・・
 幾体もの異性は沖を目指した。
 まるで、海鳥が餌を求めて海を目指すように・・・』
その時、一同に不穏な空気が流れた。そう、私たちの母星で起こった出来事を連想させる、嫌な表現だった。
『異性たちは、岡に戻ることはなかった。
 そして、残された私たちも自ら命を断つしか、術はなかった。』
「ドクター、記憶の再現が実現したからと言って、喜べる状況ではないようだね。」
船長が静かに話しかけた。
「・・・そ、それでは高等生命とは全て、このような結末を迎えるということか・・・」
ドクターは苦渋の表情を見せた。そして、気を取り直して、再現された映像を大形スクリーンに映す準備を始めた。
「視床下部の細胞が、まだ、生きていたんだ・・・」
ドクターは元気なく、その映像をスクリーンに写し出した。その瞬間、一同はざわめいた。
「何てこった!」
恒星がきらめき、海面にその反射が目映く写し出される、美しい光景をバックに、高等生命が次々と入水していく。
「この種は水中では呼吸出来ないんだろう?」
「そのはずです。」
「ということは、これは自害ということだね。」
そのような会話が分析室の中で交わされたが、私はショックでよく覚えていない。

 その後、ドクターは報告書の作成に追われていた。
「当該惑星での高等生命は全滅。
 自害と思われる。
 その原因は調査中ではあるが、母星と同じと思われる。
 すなわち、両性を持つ高等生命が文明の発達により、
 その役割を放棄したことによる、生存不能。」
そう、私たちの母星では文明の発達により、両性による種の保存が不要になった。その結果、片性のみ個体数が増え、激減した性は悲観し次々と自害していったのだった。もとはと言えば、試験管によるクローン生命の製造が可能になったことがきっかけだった。母星を救う旅が、母星の危機の再現を見る旅になろうとは思わなかった。まだ、旅を続けるエネルギーが船に残っているかどうかは、航行担当者が調査中である。

参考:倉橋由美子「アマノン国往還記」新潮文庫

BGM:Madonna「Like A Prayer」

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