哀しみの反逆者(1)

「ああ、久し振りだな。うん、元気とは言い難いが、生きているよ。え?仕事?・・・俺はもう足を洗ったと言っただろ。可動堰の爆破?断るよ。えっ、500万・・・ちょっと考えさせてくれないか。ああ、携帯なんて文明の力はもっていないから、ここにかけたのでいいよ。」

 久し振りにKから受け取った電話に私は戸惑った。それと同時に昔の決して心地よくない記憶が蘇った。若気の至りというべきか、学生時代にちょっとだけ、いけない仕事をしたことがあった。最初の仕事は、鉄橋の爆破だった。一番岸に近い場所に爆弾を仕掛ける。橋を爆破した後に最初に通りかかる列車には政府の要人が載っているはずだった。タイミングからして、運転士は異常に気付き、列車は難を免れるだろう。誰も殺傷しない、ただの脅しだということで、私は仕事を請け負った。けれども、それから一ケ月はテレビも新聞も見る気になれなかった。次の仕事は、高速で、ターゲットの車の前に手裏剣球(仲間はこう呼んでいた、木塊に釘を差し詰め、まあ、うにのような形になる)を落とし、パンクさせるというものだった。この仕事も成功したかどうか、よくは知らない。ナンバーを見られないように、かなり手前から、ワゴンの後で手裏剣球をばらまいた。それからは、一目散に高速を降りた。破壊工作、破壊活動、テロリスト。反社会的な言葉が私の脳裏をよぎる。けれども、私は血なまぐさい事は嫌いだったので、出来るだけ人を殺傷しない仕事を選んでいた。しかし、反体制的な活動をしているという自分に少しだけ酔いしれていたのも確かだった。

 次にKに会って具体的な話を聞いた。依頼主は、過激派環境団体。人を殺傷することは望んでいない。私に話が回ってきたのも、それが一因だ。結局私は金に目がくらみ、仕事を引き受けることにした。そして、必要な爆薬の種類と量が指示された。爆破はリモートコントロールで行うという要求だ。昼間、人気のない時間を選んで爆破を行う。
「ちょっとくらい、可動堰を爆破して効果はあるのか?」
私の質問にKは、これはメディアへのアピールだ、それに、可動堰は一ケ所でも崩れると効果を失う、と答えた。

 爆薬の入手は簡単だった。昔の馴染みの建設会社に裏からマイトを分けてもらった。ただ、リモート装置は私は慣れていなくて、一ケ月くらいかかってしまった。
「まあ、納期はないようなものだから、急がなくていいよ。確実な物を作ってくれ。」
Kはそう言ってくれたが、Kが言う以上に私は慎重になっていた。間違って誰かを殺傷することがあってはならない、そんな気持ちばかりが強かった。

 決行当日、私とKは可動堰がよく見える場所に陣取った。可動堰の付け根の小道を歩く人がよく見渡せる場所だった。季節は冬が開けようという時期で、小道を行く人の服装もだんだんと薄着に変化している頃だった。うららかな天気で、こんな日にとんでもない恐ろしいことを実行しようなんて誰も思わないだろう。
「そろそろだな。」
「ああ、もう少しで人がいなくなる。」
私たちは人がいなくなるのを待った。
そして、最後の人が通り過ぎると、私は、Kの指示でリモートスイッチを入れた。その瞬間、まるでアクション映画の1シーンのように、噴煙があがり、堰の破片が飛び散った。その時、辺りに誰もいないはずだった。だが、双眼鏡で現場を見た私は唖然とした。子供が倒れていた。

BGM:鬼束ちひろ「茨の海」

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