哀しみの反逆者(3)

 彼女と二人で1階のロビーに行った。そこには何人かの人が飲食したり、談笑したりしていた。私は、こういう昼間の太陽と健全さに背を向けた場所は、何故か落着くことが出来た。彼女はメロンジュースを飲んだ。子供は思いもよらない動きをする。飲んでいたかと思えば、ベンチの上に上がったり、ベンチの下に潜り込もうとしたり、子供のいない私はどう対処していいか困った。
「お嬢ちゃん、大人しくしていないと恐いおじさんが来て注射を打たれるよ。」
そう言ってみたが、聞かなかった、というか、相手にされなくて、私は翻弄された。だが、怪我の状態がよくなっていることをうかがわせて、それについては安心した。
「おじちゃん、お仕事は何しているの?」
「え・・・仕事?
 えーと、地球防衛軍極東基地のウルトラ警備隊勤務だよ。」
「ふーん。」
下手なジョークは通用しなかった。

 病室に帰る長い廊下を二人で歩いた。彼女が手を差し出してきた。私は戸惑った。ポケットに手を突っ込んでいたが、振り払おうとして、手を外に出した時に彼女の手に捕まった。柔らかい手だった。考えてみれば、長い間、子供の手も、異性の手も触れたことがなかった。
(人を傷つけるのなんて、もうたくさんだな。)
何時も思っていることを思い出した。そうだった。傷つけられるのも、傷つけるのも嫌なことだ。私は、傷つくのが恐くて、人を傷つけられなかった。そして、傷つけると、その罪の意識に何時も溺れていた。自分が心をもっていることを確かめるように。
(人を傷つけるのなんて、もうたくさんだな。)
だが、人は傷つけ合うことなく、生きることは出来ない。それもまた、真実だった。

 廊下を歩く時間が長かったのか、短かったのか、よく覚えていない。
「それじゃあね、バイバイ。」
「また、来るの?」
「うーん、どうかな・・・
 今度は大人しく寝るんだよ。」
そう言って病室を後にした。病院の外は、この季節にしては珍しく星空が綺麗だった。心は既にどうしようもなく渇き切っていた。そんなことも考えられないほど、何時も疲れていた。この事件があって、始めてそれに気付いた。
(明日は、人のいる所に行ってみようか・・・)
少しだけ、そんなことを考える余裕が生まれた。

BGM:RondoVeneziano「RondoVeneziano」

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